2018/7/3
ホーキング博士の最後の論文を3回に分けて解説してきたが、今回は締めくくりとして、博士が論文で提案した仮説と、このサイトのテーマである「タイムトラベル」との関係を考察してみたい。
ホーキング博士が最後の論文で提言した仮説(「ホーキング=ハートグ仮説」)は、
「永久インフレーションによって生み出されるマルチバースは、さまざまな宇宙法則をもったバラエティ豊かな無限個の宇宙だと考えられてきたが、そうではなく、似たり寄ったりな有限個の宇宙になる」と予測する。
マルチバースの数が、無限から有限へ、バラエティ豊かから似たり寄ったりになったところで「タイムトラベルと何の関係があるんだ?」と思われるかもしれないが、「タイムパラドックス」を回避する理論として、タイムトラベルの新たな可能性を開くかもしれないのだ。
まず、現代の科学で考えられている「最も現実的なタイムトラベル理論」から紹介していこう。
●未来へのタイムトラベル
光速に近いスピードが出せる宇宙船に乗って宇宙旅行をしたとする。
例えば2100年に地球を出発し、光速の99.5%の速さで飛びながら1年間宇宙を旅して地球に帰ってきたとしよう。
するとあなたは10年後の2110年の地球に帰ってくることになる。
宇宙船に乗っていたあなたは1歳年をとっただけなのに、地球では10年も経過しているのだ。
これは、光の速度に近づけば近づくほど時間の進みが遅くなるというアインシュタインの特殊相対性理論によって説明される現象だ。
※詳しくは「時間が遅くなる仕組みとは?」をご覧ください。
あなたが想像するタイムトラベルはそんなのじゃないって?
かっこいいデロリアン(wiki)に乗り込み時速140キロまで加速して、閃光を放ち過去や未来へ自由に旅をする、それがタイムトラベルじゃないか!
でも現代の科学では、未来へのタイムトラベルは可能かもしれないが、過去へのタイムトラベルはかなり難しいと考えられている。
なぜか?
●過去へのタイムトラベル
まず「過去へのタイムトラベル」によって発生する「タイムパラドックス」の問題がある。
代表的な2つを紹介すると、
(1)「親殺しのパラドックス」
過去にタイムトラベルして、あなたが生まれる前にママを殺す。
↓
あなたは生まれてこないことになるが、それではママを殺すことができない。
だからママは生き残り、あなたは生まれる。
↓
あなたは成長すると過去にタイムトラベルしてあなたが生まれる前にママを殺す。
・・・これが無限ループになる。
(2)「情報起源のパラドックス」
あなたは自宅の倉庫に眠っていた古い書物からタイムマシンの設計図を発見する。
↓
その設計図をもとにタイムマシンを開発し、過去にタイムトラベルして、過去の自分にタイムマシンの設計図を渡す。
↓
過去のあなたはその設計図を元にタイムマシンを発明し、設計図を自宅の倉庫にしまう。
↓
タイムマシンの設計図を描いたのは誰か?
「過去へのタイムトラベル」を否定するものとして、ホーキング博士が考えた「時間順序保護仮説」もある。
この仮説を説明する前に、条件さえ合えば「過去へのタイムトラベル」が実現することを解説しておこう。
「論文解説(2)」で紹介した過去から未来へと進む光の軌跡を表した「光円錐」を思い出して欲しい。
回転する宇宙の場合、光円錐は中心から外側に離れるにつれて傾いていき、周囲に「CTC(Closed Timelike Curve)」という閉じた時間の輪が形成される。
CTCがつくられると時間の未来と過去がつながってしまい、未来へ進んでいたのにいつの間にか過去に戻ってしまう。
つまりCTCのループを進むことで「過去へのタイムトラベル」が可能になる。
しかし残念ながら、われわれの宇宙はCTCが形成されるような回転はしていない。
CTCによる過去へのタイムトラベルはあくまで机上の空論なのだ。
ただしホーキング博士によれば、ミクロの領域ならばCTCが形成される可能性はあるという。
※カシミール効果がその一例(「ホーキング、未来を語る」より)
だがわれわれが生活するマクロの世界では、物理法則がタイムトラベルをさまたげてしまう。
さっきの回転する宇宙をもう一度考えてみよう。
上の図で、円の中心近くにいる人はさまざまな経路(赤い線で示した実線や点線による歴史)をとれるが、外側にいくにつれ速度が速くなっていき、取れる経路は限られてくる。
円のフチ、つまり光速度に近づくと、とれる経路はほぼ1本になる。つまり過去へのタイムトラベルが可能な光円錐が水平に傾く速度では、歴史を変えるようなタイムトラベルは禁止されてしまう。これがホーキング博士の考えた「時間順序保護仮説」だ。
2009年6月28日、ホーキング博士は未来から過去へのタイムトラベルを検証するために、ケンブリッジ大学でおもしろい実験を行った。
シャンパンや豪華な食事を用意し、未来からのタイムトラベラーを無料で招待するパーティーを開いたのだ。
ただしパーティーの開催を告知したのは、パーティーが終わってからのことだった。
本当の未来人ならば、このパーティーのことを未来で知ったとしても、過去へタイムトラベルしてパーティーに参加できるはずだ。
けっきょく未来人はホーキング博士の前には現れなかった。
やはり過去へのタイムトラベルは不可能なのか?
まだあきらめないで欲しい。
時間順序保護仮説の影響を受けず、タイムパラドックスを避けることのできるタイムトラベルの方法があるのだ。
それは、インフレーションによって発生したマルチバース(多元宇宙)の中からわれわれの宇宙とよく似た歴史の宇宙を見つけ、その宇宙へ移動する方法だ。
いままでの永久インフレーションによるマルチバースでは、さまざまな宇宙法則をもったバラエティ豊かな無限個の宇宙が生まれると考えられてきた。
しかし「ホーキング=ハートグ仮説」によれば、生まれてくる宇宙は似たり寄ったりの有限個な宇宙にせばめられる。
つまりわれわれの歴史とよく似た宇宙を発見できる可能性が高まるのだ。
今より過去を進む宇宙へ移動すれば「過去へのタイムトラベル」になり、今より未来を進む宇宙へ移動すれば「未来へのタイムトラベル」になる。
いずれにしても別の宇宙に移動するので、この方法を勝手に「バース・シフト(verse shift)」と名付けてみた。
この方法であればCTCは利用しないので「時間順序保護仮説」に影響をされず、「タイムパラドックス」も避けることができる。
例えば移動する前の宇宙Bに住む「あなた」と移動後の宇宙Aに住む「あなた」は完全な別人だから「親殺しのパラドックス」を引き起こさない。
さらに移動前の宇宙Bと移動後の宇宙Aはまったく別物なので、勝手にタイムマシンの設計図が宇宙Bの倉庫に存在するはずもないのだ。
おいおい、こんなのタイムトラベルじゃなくてただの宇宙間(空間)移動じゃないかと批判する人がいるかもしれない。
だがそもそも、タイムトラベルとは時間を空間的にとらえて移動する「時空間移動」なのだ。
アインシュタインはこの宇宙を縦x・横y・高さzの空間3次元に1次元の時間tを加えて4次元時空ととらえた。
「バース・シフト」は、別の宇宙への次元wを加えて、5次元時空ととらえているだけなのだ。
ただしこの次元方向は、われわれは通常移動することもできないし、観測することさえできない。
でも、まったく方法がないわけではない。
ホーキング博士の賭け事の相手として有名なノーベル賞学者のキップソーン博士が考案したワームホールならば、w次元へ移動することができるかもしれない。
ワームホールとは、別の宇宙とこの宇宙を結びつけるトンネルだ。
現在の科学で人が通行可能なワームホールをつくる技術や理論は存在せず、このあたりを追求していくと科学から疑似科学の領域に入ってしまう。
そのあたりの方法や事例は「タイムトラベルネタPIKC UP!」や「タイムトラベルする方法」でたくさん扱っているので、興味のわいた人はぜひご覧ください。