2017/9/15
今回は個人的にかなりチャレンジングな考察である。
先週とても興味深いニュースが発表された。
2017/9/9 不思議.netより
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の伊與田英輝助教、金子和哉大学院生、沙川貴大准教授の3名は、マクロな世界の基本法則である熱力学第二法則を、統計力学の概念を使うことなくミクロな世界の基本法則である量子力学によって、理論的に導き出すことに成功したという。
東大のプレスリリース(マスコミ向けの発表)のタイトルはもっと刺激的である。
●量子力学から熱力学第二法則を導出することに成功 ~「時間の矢」の起源の解明へ大きな一歩~
2017/9/6 東京大学大学院工学系研究科ホームページより
「時間の矢」の解明はこのサイトのテーマである「タイムトラベル」にとって非常に重要な意味をもっている。
あらためて「時間の矢」をかんたんに説明すると、「時間の不可逆性」、なぜ時間は「過去→現在→未来」という一方通行にしか進まないのか?ということである。
「過去→現在→未来」の時間の流れはあたりまえに思えるかもしれないが、この方向性が通用するのは、われわれが普段生活しているマクロの領域だけであり、極々小さなミクロの領域では時間は可逆的であり、対称性をもっているのだ。かんたんに言うとミクロ領域では「未来→現在→過去」に流れることも理論上は可能なのである。
※ミクロ領域での時間反転を利用したタイムトラベルに関しては「反粒子を使ったタイムトラベル」をご覧いただきたい。
物理学においてのマクロ領域での「時間の矢」は熱力学第二法則、またはエントロピー増大の法則と呼ばれている。そしてミクロ領域の時間反転に関しての対称性は量子力学のシュレディンガーの方程式から導き出される。
さて今回の考察が私にとってなぜチャレンジングかというと、不思議.netのソース元となったPC Watchの記事を読んでも、「このニュースがどういう意味をもつのか?」すぐには理解できなかったからだ。
●なぜ時間は一方向にしか進まないのか? 東大が解明に向け前進
2017/9/7 PC Watchより
不思議.netのコメント欄を読むと、真意を理解されている人もいるが、私と同様にうまく理解できずにいる人もいる。
PC watchには「われわれの日常世界で、なぜ時間が一方向にしか進まないのかを解明するカギとなる」と書かれているが、果たしてそうなのだろうか?
今回は考察というよりもこの論文の意味を読み解くことに全力を注いでみたい。
まずあらためて東大のプレスリリースを熟読してみた。
東大の発表だけあってさぞかし難しいだろうとびびったが、ポイントがわかりやすくまとめられており、難しい用語にはそれぞれに丁寧な解説がつけられていて、思いのほかわかりやすかった(でもやはり一見だけではむずかしかった)。
下記はわかりやすさに重点を置き、私なりの解釈で要約したものである。
間違いや勘違いなどのご指摘は、ぜひこちらまで。
(特に伊與田英輝助教、金子和哉大学院生、沙川貴大准教授の本意を曲げてしまう表現があればぜひお知らせください)
まず今回の発表のポイントは、今まで隔てられていたミクロの世界の法則とマクロの法則を結びつけたことである。
マクロの世界では熱力学が、ミクロの世界では量子力学がそれぞれの世界を支配している。
例えばわれわれの日常的なマクロの世界では、夏にエアコンのきいた部屋でホットコーヒーを飲んでいると、しだいにコーヒーは冷めてくる。逆にアイスコーヒーなら氷が溶けてぬるくなる。
コーヒーの温度は放っておくとだんだん温度設定をした室温に近づいていく。
そして自然にはホットコーヒーがさらに熱くなることも、アイスコーヒーがさらに冷たくなることもありえない。
これが熱力学の第二法則である(ちなみに第一法則はエネルギー保存の法則)。
この第二法則はエントロピー増大の法則とも呼ばれる。エントロピーとはかんたんにいうと「乱雑さ」のことで、ほうっておくと部屋がどんどんきたなくなるイメージがわかりやすい。「覆水盆に返らず」とか「コーヒーにミルクを混ぜると元にもどすことはできない」のもこの法則に従っており、自然界における方向性のある現象を説明する。
でもこれがミクロの世界になると様相が変わる。ミクロの世界を支配する量子力学では、この方向性を時間反転させても対称的になる。つまり「覆水が盆に返ったり」、「ミルクコーヒーが勝手にコーヒーとミルクに分離したり」するのである。
世の中普通に考えれば、小さい世界の法則が大きい世界の法則を支配しているように思える。
たとえばブロックをたくさん積み上げていけば大きなビルになるし、われわれも元をたどれば小さな細胞の集合体だ。
でもミクロの世界(量子力学)では対称だった方向性が、マクロの世界(熱力学)になると途端に一方通行になってしまう。これはなぜか? そしてどの段階でその方向性は変化するのか?
この問いに今回の論文は応えている。
伊與田助教たちが用意したモデルを私なりに例えてみよう。
まずミクロの世界の中で、ホットコーヒーと、エアコンで温度管理された広い部屋を用意した。
ミクロの世界のホットコーヒーを「小さな量子系システム」、温度管理された広い部屋を「大きな量子多体系(熱浴)」とする。部屋の温度は熱い部屋から寒い部屋までさまざまに設定して実験するが、肝心なのはどの部屋も、すべての場所で温度は一定ということだ。
これが時間がたつとどうなるか?
するとほんとうにわずかな時間ではるが、どの温度に設定した部屋のコーヒーも、部屋の温度と同じになるまでには時間がかかった。つまりミクロの世界なのに方向性が生まれたのである。
なぜ方向性が生まれたのか?
その理由は2つある。
1つ目は、コーヒーに比べて部屋が十分に大きかったこと。コーヒーが部屋に比べてあまりに小さく影響を受ける範囲に限りがあり(相互作用の局所性)、ミクロの世界でも情報が伝播するのに速度の上限があるので(リープ・ロビンソン限界)、部屋の端の方の温度がコーヒーの温度に影響を与えるのに時間がかかった、もしくは届かなかったためだ。
2つ目は、十分に大きな部屋のどこも温度が同じ(Eigenstate Thermalization Hypothesis/ETH)だったこと。
温度の情報伝播の速度に上限があるので、部屋の隅の方からの熱の情報がコーヒーに届くまでには時間がかかり、ゆらぎの定理(ミクロの世界では、あることが起こる確率と、その逆のことが起こる確率は対称性的)がほんの短い時間の間なら成立することが説明されたのである。
そしてこれらの条件は部屋(熱浴)が十分に大きいときに成り立つが、伊與田助教たちは具体的にどれだけの大きさが必要なのかも示したのである。
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以上、簡単にまとめると、ミクロの世界でも熱浴が大きく短い時間であれば、エントロピーが増大する場合のあることが証明されたのだ。
ということはこのサイト的には「時間を逆行するような過去へのタイムトラベル」がさらにきびしくなってしまった。
※上で紹介した「反粒子を使ったタイムトラベル」もほとんど不可能になった。
でもまだまだあきらめきれない。
マルチバースを利用したタイムトラベルや意識だけを移動させる方法など、可能性は残っている。
※今回の考察は主にプレスリリースを要約したものだが、発表のベースとなった下記の論文も一部参考にしている。興味のある方はご覧いただきたい。
●「Fluctuation Theorem for Many-Body Pure Quantum States」
(量子多体系におけるゆらぎの定理)
Eiki Iyoda, Kazuya Kaneko, Takahiro Sagawa
Cornell University Library arXiv.orgより